「松阪から四季 納豆の如く」



納豆職人 奥野 敦哉

「第十九章  冬の納豆屋生活
(奥野納豆の場合)」

たまにはテーマを決めずにエッセイっぽくいこうかと思います。「松阪から四季」とタイトルに謳うくらいですので今回は季節のお話しを。今は冬、最近とても寒いですよね。この季節のウチの納豆屋生活について触れてまいりましょう。

納豆屋と水仕事は切っても切れないものですが、松阪の冬も穏やかとは言われながら、やはり、冬は水が冷たく、水仕事となりますと辛いものがございます。納豆屋さんの中にはもっと寒さの厳しい地域に根ざしている事業所さんもございますので、何を甘ったるいことを言っているんだと叱られるでしょうが、辛いものはつらいのですね。

さて、納豆屋の朝は「ひきわり納豆」の仕込から始まります。納豆の仕込みといいますと、

1.豆の選別(乾燥状態・悪い豆を手で除きます) 
2.豆洗い(水洗いで豆の汚れを落とします) 
3.豆から洗い水を切って、仕込み水に豆を浸します 
4.時間が経ち、水を吸って豆が大きくなったものを蒸し上げ作業に続いていきます 

これが仕込みなのですが、丸大豆はこの作業を前日に行います。しかし、ひきわり納豆は当日早朝に行うのです。ひきわり納豆とは細かく刻んである納豆のことで料理に使いやすかったり、歯の悪い方でも食べやすかったり消化吸収が優れているので離乳食、病人食に重宝される納豆です。市販のインスタント味噌汁の納豆汁に入っているアレですね。ウチのではないですが・・・。

その、ひき割り納豆がなぜ消化が良いかといいますと、大豆の皮が除かれているからなのです。もっと言いますと丸いままの大豆が発酵した納豆を後から刻んでいるのではなく、刻まれた豆を仕込み蒸し上げ、刻まれた状態のものを発酵させるのです。「皮が無い・剥いてある」ということは仕込み水がすぐに浸透するということです。一晩かけて水を吸う大豆が、皮が無いことでほんの短時間で水を吸い尽くして乾燥状態から水分含有状態に戻るのです。

ということは、朝作業の一番手でひきわり納豆にとりかかるには早朝から仕込み水に浸しておくことから始めるわけです。これが、夏ですと早朝5時からですが、水の冷たい冬は早朝4時からとなるのです。乾燥したものは水が温かければ速く吸い、冷たければゆっくり吸い戻ります。これは干ししいたけでもダシ用にぼしでも、海藻類でも同じですね。水が冷たいと水を吸う速度が遅くなりますのでその分、作業の取り掛かりを早くするのです。

従業員が揃い、作業が始まるのが通年8時30分です。その時間に合わせて逆算して独り始めるわけですから季節・気温により始動時間が違ってくるのです。皮肉なことに寒くなればなるほど早く始めなければならないのが鉄則となるのです。まぁ、これも日常で移り行く季節の産物なので当たり前の認識で代々繰り返し、日々従事していくということなのです。


朝の作業に話がいったので冬だけではありませんが、せっかくですので朝の作業をもう少し紹介いたしましょう。納豆製造に必要な材料は大豆ですがそれだけでは納豆になりません、そう、もうひとつ、納豆菌が必要となるのです。納豆菌はストレートで使うのではなく5ミリリットルの納豆菌を8リットルの水で希釈して使います。1600倍希釈、ほとんど水なのですが業界の中ではどうやらまだウチの使い方は濃いらしいです(濃いのが良いというわけではございません)。

作業風景は今の季節ですと朝の4時に釜に入れた乾燥状態のひきわり豆へ仕込み水を注いで水を吸う3時間半の間に準備をします。ひきわり豆が水に浸ると同じく8リットルやかんを洗い、水を入れてガスコンロにかけます。大体30分ほどでやかんは沸騰します。沸騰しましたら今度は水槽に水を溜めてそこにやかんを沈めて冷やすのです。つまり、煮沸殺菌水をつくるのです。30分経ったらちょうどひきわり豆も水を吸い始めていまして、釜底側の豆と上部水面側の豆を返します。この豆返し作業を30分ごとに繰り返し行っていくのです。この手間が「コクのある」ひきわり納豆にする秘訣なのです。その合間合間に当店の朝早い出発準備中の配達営業車(通称・東京納豆カー)の持ち出す納豆で不足している商品の包装などを行い補充して営業車を送り出します。
納豆菌
やかんで菌水を沸かし、冷まします

ひき割り納豆仕込みの合間には他にもすることはございます。お湯を沸かします。このお湯はやかん沸騰の菌を希釈するためのものではなく、1日の作業中その時々に作業道具に湯をかけて熱湯消毒したり、釜から豆を掻き出す豆スコップを浸けておく溜め湯(食堂で炊飯ジャー横にシャモジを水に浸けておくのと同じようなイメージ)、釜を洗うときにかける湯など色々な作業に使うお湯で、減った分の水を足しながら沸騰の維持保温しながら作業の最後までいきます。それを朝のうちに大樽へ沸かしておくのです。大樽へ水を溜めてボイラーの蒸気を直接水中に打ち込むことで沸かしていきます。大量の水ですのでガスでなく蒸気の力で沸かすことになります。ガスですと8リットルのやかんを沸かすだけで30分もかかってしまいます。それが蒸気だと100リットルの水を沸かすのにたったの5分くらいで沸騰させることができるのです。豆を蒸し上げる釜へ入る蒸気と同じ蒸気ですのでそのパワーには目を見張ります。それだけの熱量なのでボイラーを動かしてからは作業場も段々と暖かくなってきます。

笑い話ですが、それでも私の体の芯が冷え切っていて震えが止まらない時がありまして釜に背中を寄せて、背から腰を少し釜に触れさせて温めていましたところ、良い具合で温まり、震えも止まり、まるで温泉にゆっくりとつかっているようなほぐれかたもしてきたところ、お尻のほうが痛くなって飛び上がりました。何と、フタがしっかり締まっているのに釜の端からお湯が溢れてこぼれてお尻に注いでいたのです。蒸気が戻ったお湯でした。蒸気は水が気化したものですから、蒸気も何かに触れるとお湯に戻ります。蒸気からお湯に戻り、釜のフチにお湯が溜まり、溢れたところに私の背中があったのです。私は性格上用心深く釜に触れていましたので予想外の痛さというより熱さにビックリし、何の魔が差したのか直ぐにはわかりませんでした。幸い火傷にはならなかったので良かったのですが。状況を飲み込み、納豆釜で暖を採ろうとした動機が引き起こした恥ずかしさから、周りにわからないようにトイレに駆け込み冷やし、何事も無かったように作業に戻り、何事も無かった顔をしておりました。一瞬の暖かさは極楽でしたので今度は悲惨な結果にならないように調整しながらまた挑戦してみたいと思っている最近の寒さです。
朝最初の釜

次回も納豆エッセイ続けます。あきれないでくださいね。


※ 当店の納豆菌は仙台の宮城野納豆製造所さんの納豆菌を使用しております。納豆菌には仙台の「宮城野納豆菌製造所」、山形の「高橋祐蔵研究所」、東京の「成瀬発酵化学研究所」の3研究所があり、ほとんどの納豆製造所はどれかを使用しております。現在では自社菌を研究する納豆大手メーカーもあります。それぞれ培養の仕方にノウハウがあり企業秘密があるのです。

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