「松阪から四季 納豆の如く」                  



納豆職人 奥野 敦哉
「第二章 女系の納豆」

今年の1月、社長である父裕史が他界しました。私は幼いときからずっと父の背中を見てきましたが、その背中は大きく、家族の長そして会社の長としての判断・行動・生き様を全うしてきた姿でした。

朝の3時から市場へ向かう準備、昼前に配達業務から戻ってきてから机の帳簿に向かい電話から電話、来訪されたお客様への応対し、夜は地元企業人の集いへ参加。ゴルフをたしなむくらいで仕事が趣味のような生活でした。しかも仕事が楽しいというよりは責任感からの日常であったように見えました。それゆえ妥協もなく何事も律儀にこなし、また家族思いで、友人思いの時間配分・・・さぞかし大変だったろうと思います。チャランポランな私にはとても真似が出来ないと自分で分析しております。そのような仕事の鬼のような父でもなぜか納豆の製造にはあまり口を出しませんでした。

姪っ子を抱いている父と母

ウチの納豆は先月号で触れましたように私の祖母さかゑが修業し製造を始めました。 初代責任職人というより祖母しかいなかったわけですから幼い父も弟の武治叔父(現副社長)も物心ついた頃から納豆作業を手伝っていたとのことです。

私たち夫婦


つまり納豆作りを知らないわけではなく体に染み付いていたはずなのです。
それが結婚し母タツ子を工場に迎えてからの父は製造から離れ、工場の中心に新妻の母タツ子を据え、祖母さかゑにはタツ子への作り方伝承と工場内権限の委譲を相談しました。祖母も将来のことを考え賛成し、世代交代が行われたのでした。 それ以来、父は製造に母の考えを最優先し、母も工場での経験を積み重ね続け職人としての才能を花開かせたのです。会社は急成長し、この近辺の納豆消費量も年々の増加をみたのです。それは製造を知る父のバックアップ(=工場設備の設計・拡充、従業員の教育など)があってこそであり、夫婦阿吽の呼吸がなしえたことなのでしょう。

祖母から母へそして現在、私の妻恵美に工場責任職人は継がれています。父の他界を機に工場長であった母は会長に、私も専務から社長になりました。そして副工場長であった恵美も工場長になったのです。 恵美は天才タイプ。まず入ってきた感覚を独自理論で裏付けして自分のものにしていきます。 母は忍耐と人生経験を糧に恵美を指導してきました。職人としての恵美には先に明るいものがあると私には見えます。人間としても成長していっている恵美に負けないように頑張らねばと思いながら日々を過ごす私がいるのです。

女性に守られた"のれん"その系譜は当店の将来も運命付けられているようです。実は、今年初めて奥野食品は大学新卒の新入社員を迎えました。谷麻紀子製造部員です。彼女が入社するまでにはちょっとした物語があったのです。

一地方の町工場であるこの納豆屋には大学新卒者を採用する概念が存在しませんでした。不況の時代、高給を保証できないこと、これまで一族とパート社員で運営してきたこと、外巡り営業は中途採用者で行ってきたこと・・・これが基本、ごく自然な状況だったのです。

当店ホームページのメールアドレスに彼女からの採用質問メールが届いたのは昨年の1月中ごろでした。その時私たち夫婦は恵美の実家近くなじみの埼玉県熊谷市内の百貨店から例年開催している山梨県甲府市内の百貨店へ「伊勢志摩物産展」参加をハシゴしており、彼女あてに面接日を決めるための相談メールがようやく送信出来たものの数週間が過ってしまっていたのです。返信をしてから2日後、愛知県大府市の高丸納豆さんから私に「昨日、谷さんとおっしゃる方からお電話をいただいて云々・・・」。仲良くして頂いている高丸食品さんからのお電話は、熱心な学生さんが就職アタックしてきたので話を聞くと出身が松阪だから奥野納豆を訪ねてみたらとアドバイスしたとのこと・・・。


職人の谷です
彼女が納豆業界へ向かう覚悟は相当なものがあったのです。もし彼女からの再メールが返ってきたらウチに加わってもらおうと思い、メールを待ちました。諦めかけたころ、彼女から返事が来ました。返信が遅くなったのはパソコンが調子悪かったためとのこと。その後面談も終え、入社を決めるのは彼女しだい、当店の現状を説明し彼女の判断に委ねました。大きな納豆メーカーさんの就職内定ももらっていた様ですが当店を選んでくれました。今、彼女は4月から学び始めたのに、もうすでに恵美や私と同レベルの役割をこなしています。私はひそかに彼女は納豆業界に名を残すヒロインになるのではないかと期待しています。

※ 私は父が釜の前に居るのを見たことがなく、工場内でももっぱら機械の修理やお客様との談笑する姿、隅々を掃除する姿しか見ておりません。

※ よく「片腕となる人間がいないのが君の弱点だ」と言われますが最近、恵美が分身のように動いてくれるので気持ちが良いです。(分身は体型か?)


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